古典初心者の社会人が働きながら100冊選書に挑んでいます。三冊目。
はじめに
アニメのダンガンロンパ1を見ていたら日曜日が終わった。
次はゲームのダンガンロンパがやりたくなった。
社会人のいいところはお金があることだ。アニメを見るためにサブスクに入ることも、ゲームを購入するお金もまあある。
どうしてもゲームがやりたいということで、棚の隅でほこりに埋もれていたニンテンドースイッチをひっぱり出してきた私は、すぐにゲームをダウンロードした。
令和なのでゲームカセットをお店に買いに走る必要はなく、ゲーム機本体を持っていればいつでもゲームを買って遊ぶことができる。
かつてゲームソフトは欲しくてもすぐには手に入らなかった。親に頼み込んでやっと買ってもらえることになったゲーム。買いに行くまでにあれこれ想像した時間。
今は「待つ」ことが少なくなった。
今は何でも時短がよしとされる。
スマホの通信速度はいわずもがな、家事にかける時間も家電によって短縮され、本は要約され、動画は倍速で視聴される。
アマゾンは明日すぐ届くし、東京―大阪間ももうすぐ一時間ちょっとで行き来することができるようになる。
人は「待つ」ことを忘れていく。
長い行列に並ぶことも、ゆっくりと育てていく系の趣味を持つことも、時間がかかるものを最近はめっきりやらなくなった。
『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』で描かれているのは「待つ」人々である。
彼らはどこか様子がおかしい。
正直、なぜ待つのか理解できない。早々に諦めて次へ行けばいいのに、と思う。
また古典を読み始めて3冊目の初心者です。恥ずかしながら、ガルシア=マルケスのことも知らなかった。
1982年にノーベル文学賞を受賞してるんですね。当時54歳で世界的人気作家の受賞だったので話題になったようです。何も知らない・・・。
『百年の孤独』という本のタイトルはどこかで聞いたことがありましたが、それがラテンアメリカ文学であることも、魔術的リアリズム作品であることも、今初めて知りました。
何も知らない私ですので、
この記事では「待つ」という視点から私なりに『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』を紹介していきたいと思います。
著者とあらすじ
▼著者
ガブリエル・ガルシア=マルケス
1927年コロンビア生まれ。20世紀後半の世界文学を代表する作家。55年長篇『落葉』で作家デビュー。67年記念碑的傑作『百年の孤独』を発表し、「ラテンアメリカ文学のブーム」を主導した。2014年没。
▼編訳者
野宮文昭
1948年生まれ。東京大学名誉教授。ラテンアメリカ文学・映画研究の第一人者。訳書に、ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』、ボルヘス『七つの夜』、プイグ『蜘蛛女のキス』、ボラーニョ『2666』等。
▼あらすじ
「大佐に手紙は来ない」「純真なエレンディラと邪悪な祖母の信じがたくも痛ましい物語」など、世界文学最高峰が創りだした永遠の物語。著者の多面的な魅力を凝縮した新訳アンソロジー。
「大佐に手紙は来ない」
「火曜日のシエスタ」
「ついにその日が」
「この町に泥棒はいない
「巨大な翼をもつひどく年老いた男」
「この世で一番美しい水死者」
「純真なエレンディラと邪悪な祖母の信じがたくも痛ましい物語」
「聖女」
「光は水に似る」
「待つ」ことと繰り返すこと
息子の同士たちが死んだり、町から追放されたりして以来、そこは彼の唯一の逃避の場となるとともに、彼自身は毎週金曜日にひたすら郵便を待つ以外に何ひとつすることのない男に成り果ててしまったのだった。
G・ガルシア=マルケス『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』河出書房新社2022年27頁
『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』にはガルシア=マルケスの短編が10作収録されている。
1作目「大佐に手紙は来ない」は、届かない手紙をひたすら待ち続ける大佐とその妻の物語である。
タイトルにもなっているが、大佐の元にはなかなか手紙が来ない。だぶん永遠に手紙は来ない。
それでも大佐は手紙が届く日を待ち続ける。
現代では手紙を待つということがほとんどない。LINEはリアルタイムでいつでも手元に届く。
来ない手紙に希望を託し、貧しい日々を生き続ける大佐は、正直哀れだ。人生の駒を次に進めることができない「待つ」だけの人生である。
大佐は貧しい暮らしの中で、戦いに強い軍鶏を飼っている。そしてこれを売る売らない、売れる売れないで妻と言い合いをする。すぐに売ってきなさいと、妻の方がいささか現実的である。
「もうじき恩給が届くさ」と大佐は応じた。
G・ガルシア=マルケス『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』河出書房新社2022年87頁
「十五年前から同じことを言い続けているじゃない」
「だからだよ」と大佐は返した。「これ以上そんなに遅れるはずがない」
彼女は黙った。
「待ち」続ける彼らの生活はずっと繰り返す。
大佐はまるで夢の中にいるようだ。ドリームコアのように終わりのない世界から出てこられない。
大佐は毎週金曜日になると来ない郵便を受け取りに出向く。手紙は来ない。生き延びるために家財を売る。そして金曜日になるとまた手紙を待つ。手紙は来ない。そして・・・
私は「待つ」ことは大嫌いだが、この繰り返しには心当たりがあった。
「MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない」という映画がある。
とある小さな広告代理店で月~土日と毎日休みなく働くうちに、毎週がタイムループしていることに気づく・・・そしてタイムループしていること上司に気づかせることが、抜け出すためのカギになるという話である。
コメディタッチで描かれているけれど、笑えない。私たちの日常もそうだから。
働いていると、毎日、毎週、毎月がぐるぐるとただ回っているだけなような気がしてくる。
同じ人と、同じ目標と、同じ顧客と同じ仕事をするだけの日々。
これが繰り返しでなくてなんだろう。
同じことを繰り返し続ける働く私たちは、さてあの大佐と同じという可能性が出てきた。
ということは私たちは何かを待っているのではないか。
「待つ」男の滑稽な姿
「聖女はどうなりました?」
G・ガルシア=マルケス『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』河出書房新社2022年260頁
「あいかわらずさ」と彼は答えた。「待ち続けているよ」
「大佐に手紙は来ない」と同じく「聖女」に出てくる主人公も「待ち」続けている。
「聖女」は、死後も腐敗しない娘の遺体をローマ教皇に見てもらおうとする男の話である。
それはすっかり老け込んでくたびれた彼だった。五人の教皇がすでに世を去り、永遠のローマは衰亡の兆しを示していたが、それでも彼は待ち続けていた。「これだけ待ったんだから、もうそれほどかからないはずですよ」と彼は、二人でほぼ四時間追憶に耽ったあと別れ際に言った。「あと数か月かもしれませんね。」
G・ガルシア=マルケス『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』河出書房新社2022年280頁
ひたすら待ち続けて、それでもローマ教皇には会えなくて、それで20年経ったのに、きっともう少しで会えるだろうとするのは楽観的を通り越して、あきれてしまう。
私だったらそんなずっと待てない。
本当に来るか分からないものを待ち続けるよりも自分達で探しに行った方が早いし確実。諦めて次に行くのも悪くない。
だって、「待つ」以外にも選択肢はたくさんあるはずだから。
大佐だって、さっさと手紙が来るのを諦めて働きに出たらいい。そしたら今よりましな生活ができるだろう。そういうことではなくて?
『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』で描かれるのは「待ち」の物語である。
そう考えると「ついにその日が」という短編も同じに見えてくる。
主人公の歯医者は、歯を痛めた町長が来るのを待っていた。
歯医者は手首を動かしただけだった。そして恨みよりもむしろ苦い優しさを込めて言った。「ここで我々の死者二十人分の償いをしてもらうよ、中尉」
G・ガルシア=マルケス『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』河出書房新社2022年106頁
詳しく書かれない、5ページの短い話だから、どう読んでいいか分からなかった。
それを自分で解釈をしてみるもの面白い。
純真なエレンディラ
エレンディラが大皿を手に入り口に現れ、恐ろしいほどの冷静さで二人の格闘を眺めた。
G・ガルシア=マルケス『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』河出書房新社2022年256頁
『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』の中で最も面白く読めたのが「純真なエレンディラと邪悪な祖母の信じがたくも痛ましい物語」だった。
というよりも比較的わかりやすく、キャラクターもはっきりしていたからだと思う。
内容は地獄のような話ではあったけれど。
翻訳だからか描写は淡々としていて、逆にこれ以上生々しく描かれると逆にしんどさを覚えるような気がした。
とにかく孫娘エレンディラに対する扱いが最悪すぎて、祖母は本当に正気とは思えない。
まだ少女という年からエレンディラは毎晩毎晩男たちの性欲のはけ口にされて、体がもつわけないし、行列ができるほどって正直考えられない。
最悪な物語が進んでいるのに、皮肉にもどんどんページをめくってしまう。
エレンディラはこの地獄から抜け出そうとすることもあるんだけど、基本的には「待ち」の状態。
祖母からは逃げられない。
自ら祖母に歯向かうこともない。
そして自分のことを好いている男を利用するのだ。ただ待つ。男が祖母を殺すときまで。
おわりに「待たない」という選択
私たちは「待つ」ことが嫌いだ。
待ち時間は短い方がいい、そう思って仕事も家事も人生も効率よく進めようとする。
「待つ」ことのない人生を歩むために道具は進化した。
そして私たちは「待つ」ことをやめた。
だけど、本当にそうだろうか。
例えば、私たちは地獄のようなブラックな環境で働いていてもそこを簡単に抜け出そうとはしない。
邪悪な祖母の言うとおりにしていたエレンディラのように、嫌だ嫌だと思いながらも同じ場所にとどまり続ける。
次の人事異動で何かが変わればいい。上司が変わって体制が変わればいい。嫌いなあの人が辞めてくれればいい、とその時まで私たちは「待つ」。
待っていても手紙は来ない。そのことを私たちはとてもよく理解しているのに。
『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』を読んでいて「待つ」人々を滑稽だと感じるくらいには、ちゃんと頭で理解している。
私たちはいつの間にか、来ないものを待ち続ける日々を送ってはいないだろうか。
まあ、実際上司はいつかは変わる。嫌いな同僚もいずれはいなくなる。ただそれがいつかは分からない。
その時まで「待ち」続けるのか、自分から断ち切っていくのかは、人によってどう判断するか大きく異なるところ。
でも、今自分は「待ち」続けているのだと知っておくのは損ではない。
「待つ」ことのない人生を選ぶ人もいるのである。
「日が傾くのを待ちなさい」と司祭は言った。「溶けてしまいますよ」と居間の奥でじっと立っていた妹が言う。「ちょっと待って、日傘を貸しますから」「ありがとうございます」と女は答えた。「私たちはこのままで大丈夫です」
G・ガルシア=マルケス『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』河出書房新社2022年102頁
女は少女の手を取ると、通りに出た。
『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』の他にも・・・
古典初心者の社会人が働きながら100冊選書に挑んでいます。
どんな100冊か知りたい方は、こちらの記事に書いておりますのでぜひ。
社会人のための古典読破チャレンジ|近藤康太郎『百冊で耕す』100冊リスト
- ダンガンロンパ・・・ゲーム、アニメ。簡単に言うと超高校級の才能を持つキャラクターがデスゲームをするというもの。詳しくは検索してください。ガルシア=マルケスとは関係がないです。 ↩︎



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