毎日の仕事が苦痛。もう職場の誰にも会いたくない。
早く金曜日が終わって休みが来てほしい。一刻も早く退社したい。
そうだ、日本から逃げ出して海外に行こう。
気分にムラがある同僚の機嫌が一週間ずっと悪かった。
私はあんまり関係ないのにやたらとすり減った一週間だった。
もう逃げ出してもいいですか?できるだけ遅く出社してできるだけ早く帰ってもいいですか?
逃げ出したい。どこでもいいから、職場以外のどこかに、空気も、人間関係も何もかもが違う世界に逃げ込みたい。
そんな気分の時におすすめの、「逃げる」本をご紹介します。
逃げるという対処法がある『「繊細さん」の本』
不機嫌な人や八つ当たりをする人に対しては、物理的にも心理的にも距離をとり、寄りかからせずに放っておく必要があるのです。誰かの機嫌が悪いと気づいたら、「機嫌悪いんだなー」と思うにとどめ、あとは放っておいてください。(中略)お手洗いに立つ、他の場所で作業するなど、できるだけ相手から離れましょう。
武田友紀『「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる「繊細さん」の本』飛鳥新社2018年
自己啓発本から、シンプルな解決策が提示されています。
私はHSP(とても敏感な人)ではないはずなんですが、今週、近くの席の同僚の機嫌がずっと悪く、なぜか私が消耗していると感じました。
私が怒られているわけではないのに、詰められているわけではないのに、なぜか気持ちがしんどくなる。
誰かが誰かに怒っているとき、必ず耳が音を拾ってしまう。
聞かないように思っても、勝手に聞こえてきてしまう。
そんなとき、どうすればいいか。その場から逃げたらいいんです。イライラした人の声が聞こえないところまで。
シンプルですが、ナイスな解決策ではあると思います。
逃げ続けていると、避けていると相手から思われないか不安でしたが、イライラしている人はそこまで周りを把握しきれてません。
いないことにすら気づかないことがほとんどです。
『「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる「繊細さん」の本』
自称「繊細さん」の母からもらった本。
自分の「敏感さ」を無理に変えようとするのではなく、その個性を認めて寄り添っていく。そんな本。
年を取るとだんだん理解する。自分の性格は簡単には変わらないのだと。
『嫌われる勇気』では自分の性格を変えるのには10年かかると書いてあった。
それだけ難しいことなのだから、それよりも変えられる部分に焦点を当てるのはとても合理的だ。
「まわりに機嫌悪い人がいるだけで緊張する」「相手が気を悪くすると思うと断れない」「人付き合いで疲れやすい」方はHSPの気質があると思うけど、
すべてが当てはまらなくても、私のように一部分が当てはまる人も読むと、私が異常なわけじゃないと安心する本。
逃げることは臆病なことか『地図と拳』
「恐怖が心を満たしたときに、人間が取る行動は三つだ」
小川哲『地図と拳』集英社2025年35頁
もうずいぶん前の話だ。兵役で教練を受けたとき、上官からそう言われた。
「戦うか、逃げるか、動けなくなるか。戦う者は勇敢だ。逃げる者は臆病だ」
その言葉の続きは覚えていなかった。
小川哲の直木賞受賞作より。
ハードカバーが持ち歩きには不向きすぎて、文庫が出てから読みました。
私たちはなぜ逃げるのか。なぜ逃げたくなるのか。
それは怖いからです。
私は機嫌の悪い人が怖いし、人に怒られることも怖い。
ミスをして人に迷惑をかけることも怖いし、しんどい職場で働き続けることで自分の未来が壊れていく恐怖もある。
戦前の満州で命を失うかもしれない恐怖に直面した時、戦うことも逃げることもできなかったロシア人神父は、その言葉の続きが知りたかった。
動けなくなるほどの恐怖が訪れる前に、「逃げる」ということの意味について考えておきたい。
職場においては、恐怖に立ち向かうこと戦うことが必ずしも良いとは限らない。
小川哲『地図と拳』
現在上下に分かれて文庫版が出ています。
日露戦争前夜の満州を舞台に、日本人、中国人、ロシア人、様々な登場人物の目線であの激動の時代が語られる作品です。
小川哲さんの作品で言うと『ゲームの王国』の作風に近いと感じました。
様々なユニークな登場人物たちが一見、つながりのないような日常や経験を通して物語が進んでいく。
実際の歴史や地名の中に、虚構が入り交じり、どこからが本当でどこから嘘なのか分からないような物語になっているところにSFっぽさを感じます。
戦争には多くの人が関わり、様々な立場があった。
戦争は私たちにとってはフィクションのように感じてしまうけれど、私たちと何も変わらないような普通の人間が直面した出来事だったことを知っておいて損はありません。
逃げる自分を肯定する『おまえレベルの話はしてない』
「逃げるのかよ」
芦沢央『おまえレベルの話はしてない』河出書房新社2025年47頁
口にした途端、血の気が引いた。悪手を指したときの感覚だった。読み直すよりもはやく、からだがまちがえたことを認識する。
大島は僕の顔をじっと見て、そうだよ、と言った。
「おれは逃げる」
逃げ出そうとする人を「ずるい」と思う。
私はこんなに頑張っているのになぜあなたは私を置いて逃げようとするのか。
でも、逃げる側は自分が卑怯かもしれないなんて考える必要はない。
自分を守るため、相手を守るために、逃げることを選べばいい。
私にも一緒に営業という仕事に耐えていた同僚がいた。
私が営業職を辞めたとき、その同僚は私のことを「ずるい、私をおいて地獄から抜け出すなんて卑怯だ」と思っただろうか。
もしそう思われるの嫌で、その同僚との関係を続けたくて、営業を辞めないという選択肢ができたかというと、そうはしたくない。私は後悔していない。
だから、「逃げる」ことは間違っていない。
自分が逃げたことで誰かがその地獄を代わりに引き受けているとしたら、悲しいけどその人にも逃げてもらうしかない。
苦しんでいる誰かの代わりに仕事を辞めることはできない。その先をお世話することもできない。
自分で考えて自分の判断で逃げ出すことを決めたのならば、堂々としていよう。
芦沢央『おまえレベルの話はしてない』
プロ棋士になることを夢見ていた二人の少年。
一人は夢を叶えたものの、成績が低迷する。また一人は夢を諦めて社会的地位のある仕事に就く。
やめた人とやめられない人の間にある葛藤を描いていて、心が痛いです。
結局は、自分が自分の選択に自信をもてるかどうかで決まる。
だから、ちゃんと自分で決めて判断しなくてはならない。
半分は夢を諦めきれない芝、半分は夢を諦めて現実的な道を行く大島の視点で描かれる。
文章全体から彼らの人生の気分が伝わってくる。
苦しい人生を生きている人の文章は読んでいて苦しくなる。
やめないという選択を、自ら選んでいるというよりは、選ばされている。もしくは変化を恐れている。
そういう生き方はとても見ていて痛々しいです。
いろんな逃げ方がある『降りる人』
「まあ、そんな屁理屈を枕にして言うとだな、確かに、眠りを説く賢者は軽蔑されるべき者として書かれているな。でも、あいつもなかなか良いことを言っていると思うぞ。存在としては似たようなものかもしれない。罵詈雑言を浴びながら横になる。それも降人の一つの姿だ。」
木野寿彦『降りる人』KADOKAWA2025年86頁
例えば今の職場から逃げ出したいと思ったとき、逃げ方は「退職する」の一つだけではない。
例えば、異動願いを出すとか、嫌いな人から物理的に距離を置けそうならそうしたらいいし、時間がたつのを待つという方法もある。
「静かな退職」と言われるような、仕事は最低限のみこなして定時で帰ることや、副業に力を入れるなど、会社員というメリットを確保したまま、職場の呪縛から抜け出すこともできるかもしれない。
「罵詈雑言を浴びながら横になる」ことは、たぶん簡単じゃない。
そもそもそこまでメンタル強くないし・・・と私は思うけれど、そう言う生き方もあるということです。
『降りる人』で説明される「降人」という生き方は、自分でその生き方を選択するというところにポイントがあります。
自分で選んだからこそ覚悟が生まれる。
どのように逃げるとしても、自分で選択し、自分で決断することが大事なのは間違いありません。
木野寿彦『降りる人』
『降りる人』は、心身ともに疲弊して仕事をやめた30歳の主人公が工場の期間工として働き始める話です。
なぜ主人公が前職を辞めるに至ったのかについて作中では語られませんが、みなさんならなんとなく想像ができるのではないでしょうか。
そうして職場を逃げ出した後、人と接することの少ない仕事と聞いたことから、工場で期間工として働き始める。
期間工は「人間だとは思われない、ほとんど透明」な仕事だと聞いて、主人公はこの言葉に不思議と安らぎを覚える。
職場で心をすり減らし続けたその先にあるのがこの主人公の姿であり、悲しいけどこうなってしまう理由も私たちは理解できてしまう。
この日本の職場の在り方自体がどうにかならないもんかなあと思わずにはいられない。
母からのメッセージ『アムリタ』
「あんたは理屈っぽすぎるのよ。考えすぎなの。右往左往してタイミングをのがしてはすり減るだけ。どーん、とそこにいて、美しく圧倒的にぴかーっと光ってればいいの。愛っていうのは、甘い言葉でもなくって、理想でもなくて、そういう野生のありかたを言うの。」
吉本ばなな『アムリタ上』新潮社235頁
逃げることばかりを考えていた時に、思い出したいのは身近にいる大切な人の存在である。
逃げることに必死で周りが見えなくなっているとき、自分のことをありのままで認めてくれる存在というのは大変ありがたいもの。
母の言葉でやっと私は我に返る。私が逃げる必要ないんじゃないか?
職場にとんでもないモンスターが誕生した時、そのモンスターをどうにかするよりも、自分が逃げた方が早いし簡単だ。
他人を変えることはできないが、自分は変えることができるとも言い換えられる。
だけど、それができる時ばかりじゃないし、そうしたくない時もある。
だって、そのモンスター以外は、私にとって働きやすい職場なのだ。
だからこそ、身近な人の存在を大切に、感謝して、自分はその愛を元手に職場では堂々としていよう。
と『アムリタ』を読んで思った。
吉本ばなな『アムリタ』
古典100チャレンジの5冊目として読み始めた、私にとって初吉本ばななさんの著作です。
名前はよく聞くし、学校の教科書か何かで見て以来、すごい作家さんということは何となく知っていたけど読んだのは初めてでした。
同年代っぽい主人公とその少し複雑な家族と暮らし(母、母の友人、弟、いとこの五人暮らし)、スピリチュアルな体験や恋人との関係性など日常が描かれる。
毎日あくせくと働く社会人にはない時間の流れの中で、迷い、考え、自分を信じられなくなったり、他人の助けになったりする主人公の物語は不思議と退屈ではない。
まだ下巻の途中なので、読んだらまた記事にするつもりです。
おわりに
逃げ出すのにもコツがある。
何でもかんでもずっと逃げ続けるわけにはいかないからだ。
私たちは、逃げ出した後どこかでまた立ち止まって生活をしなくてはならない。
だから、逃げるということは、必ず自分で決めましょう。誰かに言われたから逃げるというのはやめましょう。
少なくとも自分の頭で考えた結果の逃げであれば、どうなったとしても後悔はしないはずです。
小説はそういう時に力になれるかもしれません。
本日紹介した5作品どれも素晴らしい作品ですので、ぜひ読んでみてください。
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さてみなさん、誰に何と言われようとも、ご機嫌で一日を過ごしたもの勝ちです。
明日も楽しく行きましょう!
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