今日鬱なあなたへ「本を読む姿はかっこいい」

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雑記


なんとなく鬱な気分になる時がある。

特に主な原因があるわけでもない。何もない。何もないことが原因だったりもする。

もしくは、直接的な原因がある時もある。小さな嫌なことが積み重なって重い気持ちから逃れられない時もある。

今私は絶賛、嫌な気持ちの中にいます。無理、出れない。

確かに最近仕事で嫌なことはあった。

でもそれは正直大したミスじゃなかったし、今までも同じようなレベルのミスはしてる。よくないけど。なのに抜け出せない。地獄。

季節が悪い

正直i今、季節も悪い。

「ねえ、鼠はどうしたんだと思う?」「さあね、あたしにもよくわかんないよ。夏が終わりかけてるからかね。」(中略)「多分取り残されるような気がするんだよ。その気持ちは分かるね。」

村上春樹『風の歌を聴け』講談社2004年110頁

「病気ってわけじゃない」と大佐は応じた。「ただ、十月になると、まるで腹の中に獣がいるみたいな気がするんだ」

G・ガルシア=マルケス『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』河出書房新社2022年16頁

季節が悪いとみんな様子がおかしくなる。ちなみに今は初夏。

5月なのに暑すぎない?

花粉症終わったのにまだなんかくしゃみでるし、鼻水も出るし、風邪ひいているのかというとそこまでではないし。

でも本を読むまで季節なんて意識しない。

だから残念ながら季節は関係ない。季節で生き方が変わるような人生を歩んでみたい。

春夏秋冬、今は春と秋がほとんどないし、四季があっても仕事をしていたらとても平坦だ。

雨でも風でも関係ない。仕事内容は変えられない。

X向いてない

Xも嫌い。

ブログを始めてからSNSでの宣伝も並行してやるといいって聞いたから、高校生以来のXアカウントをわざわざ作った。

ちょっと呟いてみたり、記事の更新を報告してみたりしたけど、絶望的に楽しくない。

X向いてない。変な情報多すぎる。

美人のアカウント死ぬほど流れてくる。

芸能人の上げ足をとるような見たくもない画像があふれている。

バズっているすぐ下で炎上コメントが流れ、私がいいと思った呟きに否定的なコメントや冷笑コメントがついていて意味が分からない。

8年くらいやってなかったらブランクもあって、半年も続かなかった。もう無理、やめる。

人間誰しも向き不向きってあるよね。

もちろんやってみないと分からないし、やってみたところで向いているかなんて分からないもの。

だけど、やっていてつらい気持ちになったり、そもそも嫌いなことは、続かないし、無理して続けるくらいだったら、別の方法がないか必死に考えることにシフトした方がいいです。

わたしは、そうして時間を創った。読者も自分で工夫してほしい。なにに対しても、いいわけはできる。いいわけを考えていると、短い人生は一瞬で終わる。

近藤康太郎『三行で撃つ〈善く、生きる〉ための文章塾』CCCメディアハウス2020年259頁

陽はまた昇る?

朝井リョウさんの『正欲』の冒頭でも描かれていました。明日が来ることを前提に生きることは否定しません。

でも明日は来ないかもしれないですよね。

明日死ぬということはなくても、人間いつかは必ず死ぬんです。それが早いか遅いかだけ。

そうです。私はこの短い人生で鬱になんてなっている暇はないんです。

いつもここまで論理的に思考することはできる。

だけど、この気持ちの落ち込みというのはそう簡単にはなくならない。

私の場合その「波」がきたら、もう自分では止められない。

過ぎ去るのをじっとり待つのみです。

本当は早寝早起きでブログを書きたいし、料理や掃除をちゃんとやって丁寧な暮らしがしたいし、一日動画を見て過ごすんじゃなくてどこかにでかけたり、せめて本を読むとか生産性のある休日を送りたい。

気持ちが落ち込んでいるときは、そのうちの一つすらできず、余計に生きている意味を疑い始めます。

YouTubeショートを永遠にめくり続けるだけの休日なんて誰が好んで送りたいと思いますか?

不可抗力なんです。誰もそうしたくて次から次へと流れてくる動画を見続けているわけじゃないです。怖いです私は。

でも、あなたは本を読むんですよね?それって本当に素晴らしいです。

この世は読書家ばかり

今、私のXアカウントを覗くと、読書家の方ばかりですよ。

年間で200冊とか読む猛者の方とか、次から次へと新刊を読み漁っている人とか、とっても面白そうな本を大量にわかりやす~く紹介している人とか。

でも実際の世間は違いますよね。

みんな本なんてそんなに読んでいません。

私はXがそういう意味でも嫌いです。世界の形が歪められていく。

自己肯定感が急降下していきます。私はもう読書家を名乗る勇気ありません。

もともと通勤電車の中でしか読んでいなかったくらいなので、読書家というほどでは確かにありません。特にXで本を紹介しているような人の足元にも及びません。

でも、職場で私はめっちゃ本を読んでいる人のイメージになってるはずだし、友人と話していてもたぶん私が一番本を読んでいる。

そんな小さな世界では、私は読書家なんです。

〇×△どれかなんて 皆と比べてどうかなんて 確かめる間も無いほど 生きるのは最高だ

「ray」 BUMP OF CHICKEN

先日Netflixで「超かぐや姫」を見て以来、rayを聞き続けています。

人のことなんて気にする間もなくなるんです。最高に生きていたら。

まずは今を真剣に生きること。そしたら、他人と比べる暇なんてないはずです。

本を読む理由

世の中に邪魔され、うちひしがれ、消え入りそうになったとき。本を広げる。べつに読んでいない。ふりをしているだけ。でも、ちょっと、プライドを取り戻す。

近藤康太郎『百冊で耕す〈自由に、なる〉ための読書術』CCCメディアハウス2023年191頁

私も普段ならまったく(というのは言い過ぎ)他人のこと気にならないのですが、真剣に生きる日々の隙間に落ちて、突然落ち込む時期が訪れると話は変わります。

いつもは何も考えない作業時間、例えばシャワーしていたり、歯を磨いていたり、読書しているときもそう?なんですが、あることないこと浮かんでは消え浮かんでは消え、何にも集中できません。

そうなるともう何もできない。

電車で読む『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』なんて何も頭に入ってこない。ページが全然進まない。

でも、そんな自分に言ってあげたい。それでも本を読んでいるあなたかっこいいよ、と。だって周りは誰も読んでいないもん。

みんながYouTubeでショート動画見漁っているとき、私は数ページだけれども本を読んだぞ、と。

本を読むということが、あなたを賢くしてくれるとか、語彙力が身につくとか、生活が豊かになるとか、仕事ができる人になるとか、そんなことは正直分からない。

本を読むということは強制されていないし、誰かに求められてもない。

だから、たくさんの時間を使って本を何故読むのかというのに理由が欲しくなる。

書籍でも動画でも、読書の効能を謳うものがたくさんある。みんな不安だ。

周りの大多数の人は本を読んでなくても自分より賢そうだし、視野も広いし、仕事ができる。

少し本をかじっただけの私は、読書をすると頭が良くなる!みたいな本を動画を求めたくなる。

でも、そんな難しいこと考えなくても、本を読んでいるだけで少なくとも読む前の自分よりは成長しているはずだ。

そして、すすめられるがままにただYouTubeを見るよりもその成長スピードは速いはず。

だからもう自分を許してあげてほしい。

そんな毎日毎日頑張れる人ばかりじゃない。ちょっとでも前に進めたらそれでいい。

本と一緒に一歩進めたらそれで充分だと思う。

書いていたらちょっと元気になってきた。

ちょっとだけだけど本も読んだし、今日はもう早く寝よう。

~本紹介~

村上春樹『風の歌を聴け』

ちょうどこの前読み終わって、ブログ記事を書いているところ。村上春樹さんのデビュー作で、ちょっと斜に構えている、俯瞰しながら生きているタイプのモテる「僕」の話。女の子が出てくる。社会的に評価される生き方ではないのに、彼らの醸し出す雰囲気に憧れてしまう。

『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』

今読んでいるところ。ガルシア=マルケス『百年の孤独』が代表作のノーベル文学賞作家。タイトルと名前くらいは聞いたことがある。世界的に有名な作家さんだから、この本を面白く読めなかった場合確実に自分に責任がある、という重圧の中読んでいる。みんなが面白いと思って読むもの、私も面白く読みたい。

近藤康太郎『三行で撃つ〈善く、生きる〉ための文章塾』

最近近藤康太郎さんの文章にハマって『三行で撃つ』『百冊で耕す』『宇宙一チャラい仕事論』『アロハで猟師、はじめました』と読み進めている。先ほど『文章は、転』が楽天から届いた。近藤さんの本を読むと文章が書きたくなる。同時に自分の文章がいかにつたないものかも分かる。

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