親の葬式で複雑な感情を抱く「親ってさ、なんなんだろうなって、思う」川上未映子『黄色い家』を読んで

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ましまし

先日、祖母のお葬式があった。

生前、私の母と今回亡くなった祖母は仲が悪く、それは祖母の亡くなる直前まで続いた。

母は幼いころから祖母の暴言を浴び、悲しいことがあっても話を聞いてもらえず助けてもらうこともなく、つらい日々を過ごしていたことから、15歳の頃に家を出たという。

それ以降、結婚してからは地元に帰ることもなく祖母に会う機会も減っていたようだが、いよいよ祖母の状態が悪いということで何度か顔を出すようになった。

最後の最後まで祖母との関係は良くならなかったし、死の間際までつらい言葉を吐く祖母を見てかえってあきれたようであった。

そんな祖母であるが、それでも母にとっては唯一の母である。

難しい気持ちを消化しきれないと私は母から聞いたが、親子とは不思議なもので、血のつながりが邪魔なこともあるけど、その関係はやっぱり平凡ではありえない。

そんなときに川上未映子の『黄色い家』を読んだ。

血のつながりとは

「親ってさ」わたしは言った。「なんなんだろうなって、思う」

「まあね」

「腹たつし、なんでなのって思うし、でも、それより可哀想だっていう気持ちになって、悔しくて、悲しくて、それでまたわけがわかんなくなって」

川上未映子『黄色い家』中央公論新社2023年307頁

主人公は疎遠になっていた母からお金を貸してほしいと言われる。

久しぶりに連絡がきて、なんだろうとそわそわして

また一緒に暮らそう、とかそういう話だと思ったら、お金の話だった。

母にはねずみ講でつくった借金があった。

主人公は、情けない母だと思いつつも、自分が一生懸命貯めたお金を母に貸すことにする。

間違っているとは知っていながら、自分は母から頼りにされていると思い込む。

そう思い込むことでしかこの関係を正当化できない。

自分の母親という存在を、邪悪なものにしたくない。

なぜだろうか?

「親ってさ、なんなんだろうと思う」

腹が立つし、何でって思う気持ちと、可哀想と思う気持ち、悔しくて悲しい気持ち、いろんな感情が複雑に絡み合う。

これが血のつながりなのだろうか。

決して切ることのできない強固なつながり

それはつらい思いをしてまで正当化する必要のあるものなのだろうか。

親が私たちに残すもの、与えるものとはいったいなんであろうか。

それをどう捉えるかによって、あなたの親に対する思いは変わるかもしれない。

子育てという親が子に残すもの

「じゃ、どんなことが正解なの?」

「成長した子どもが、大人になってから親の子育てを肯定できるかどうか」

辻村深月『噛みあわない会話と、ある過去について』2021年講談社112頁

もっと簡単に考えてもいいのかもしれない。

つまり、単純にあなたが親のことをどう思っているのかということである。

成長した今の自分が、親の子育てを肯定できるのかどうか

少しの失敗で信じられないくらい暴言を吐かれたこと、周りのみんなと同じように行動しなさいと諭されたこと、機嫌の悪い親を刺激しないように生きてきたこと。

今の自分の気持ちに素直になってもいいのかもしれない。

血のつながりというのは、決して断つことのできない強固なつながりのように思えるけれど

DNA鑑定とかで自分から見に行かなければ、実際あるとしても目に見えない。

所詮は主観の産物でしかない。

こうしてハリスは、「子どもが親に似ているのは遺伝によるもので、子育てによって子どもに影響を及ぼすことはできない」と主張した。

橘玲『言ってはいけない』2016年新潮社226頁

親の子育てを肯定できなかったとき、それでもあなたが立派に育っているのなら、このハリスの主張は証明されるかもしれない。

子育てがあなたにとって最悪なものであっても、あなたはあなたらしく生きることができる。

橘玲の『言ってはいけない』では、子供は親よりも友達の言うことをよく聞く、

つまり、つるむ友達によって影響されるところが大きいと説く。

疑いたくなるような話だが、親に対するもやもやした気持ちをかかえていると見えてこないものが見えてくる。

おわりに

私の母は、思いのほか豪勢になった葬式を見て、悔しい思いが込み上げてきたそうだ。

それは祖母が自分にしたことと、葬式に至るまでの苦労と、それを理解してくれない周囲と、そんなことなど全くなかったかのように丸く収まろうとする葬式を見ての思いだったそうだ。

そんな母の思いは、私にはよく分からない。

なぜなら母は私にとてもよくしてくれたからである。

辻村深月『噛みあわない会話と、ある過去について』の言葉を借りるならば、私は母の子育てを肯定できる。

今の自分は、別に何かに秀でているわけでも、仕事で他を圧倒するような成果を出せているわけでもないけれど、、

私はこれで良かったと思っている。

そんな主観があってもいいと思っている。

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