本屋大賞ノミネート全部読む。
ついに9冊目伊坂幸太郎さんの『さよならジャバウォック』を読みました。
やっぱり伊坂幸太郎の本だなあと思ったのは一つの驚きと一つの感動がちゃんとこの本の中にあったところ。
そして、伊坂幸太郎の本ならばどんなにつらいシーンが続いても、最後にはどんな形であっても奇跡のような感動が待っている、
そんな希望が見えるから読んでいて苦しくならない。重たい感じがしないのが特徴である。
さらに表紙!が出水ぽすか先生だった。
『約束のネバーランド』は大好きで読んでいたので、イラストもよく見たら帯を外したところに女の子がいて、画風がちゃんとぽすか先生だった。
なぜかしら、頭がいろいろな気持ちでいっぱい。何が何だかはっきり分からない。
『さよならジャバウォック』冒頭のこの言葉。『不思議の国のアリス』からの引用だそうですが、
まさにこの言葉にあるように、何が何だかはっきり分からない、というシーンが多く続く小説でした。

- 「暁星」湊かなえ/双葉社
- 「ありか」瀬尾まいこ/水鈴社
- 「イン・ザ・メガチャーチ」朝井リョウ/日経BP 日本経済新聞出版
- 「失われた貌」櫻田智也/新潮社
- 「エピクロスの処方箋」夏川草介/水鈴社
- 「殺し屋の営業術」野宮有/講談社
- 「さよならジャバウォック」伊坂幸太郎/双葉社
- 「熟柿」佐藤正午/KADOKAWA
- 「探偵小石は恋しない」森バジル/小学館
- 「PRIZE―プライズ―」村山由佳/文藝春秋
著者とあらすじ
▼著者 1971年千葉県生まれ。東北大学法学部卒業。2000年『オーデュボンの祈り』で第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。04年『アヒルと鴨のコインロッカー』で第25回吉川英治文学新人賞、「死神の精度」で日本推理作家協会賞(短編部門)、08年『ゴールデンスランバー』で第5回本屋大賞と第21回山本周五郎賞を受賞。14年『マリアビートル』で大学読書人大賞、20年『逆ソクラテス』で第33回柴田錬三郞賞を受賞。1
▼あらすじ 幼稚園から帰ってくる息子に、死体を目にさせてはいけない――。夫から言葉の暴力を受けていた量子。自宅マンションで咄嗟に夫を殺してしまい途方に暮れていたところ、2週間前に近所でばったり会った大学時代の後輩・桂凍朗が訪ねてきて言った。「量子さん、問題が起きていますよね? 中に入れてください」 読書界の話題をさらったデビュー作『オーデュボンの祈り』から25年。著者渾身の書き下ろし長編ミステリー。2
人間の本性
悪魔は怖いと言えば怖い。だけど、祓えばいい。それに比べて、悪魔がいないと分かった時のほうが最悪です。子供自身が悪いことになるし、特効薬もないんですから。
伊坂幸太郎『さよならジャバウォック』双葉社2025年51頁
本書は一児の母である量子が夫を殺してしまい混乱するシーンから始まる。
これがまたひどい夫だった。
妻には子育てを押し付け、少しでも気に入らないことがあれば妻を非難し、怒鳴る、ものにあたる。
自分は外に女をつくって帰ってこない日もあるのに、妻が浮気していると言いがかりをつける。
今回の本屋大賞ノミネート作品の中に、一児の母が3人もいる。
『さよならジャバウォック』にも『熟柿』にも『ありか』にも一児の母は登場し、
3人に共通するのは夫がクズだということである。
3冊の共通点が多いことから、読んでいて話が混ざってしまい少し混乱してしまった。
これはなぜ逆ではありえないのだろうか。
奏多はまだ父親にも夫にもなっていなかったのだ。まだまだ自分自身のためだけに生きている人なのだ。
瀬尾まいこ『ありか』水鈴社2025年79頁
母親は子どもを産むという強烈な体験を経て、母親になる。
ならざるをえないのかもしれない。
しかし夫となる人物は違う。
腹を痛めてないから父親にはなれないというわけではないが、なりきれない人がいるのも事実である。
夫が妻になぜ暴言を吐くのか、つらくあたるのか。
たとえ仕事でストレスをためていたり、体調が悪かったりしても、普段から思わないことを言ってしまったり、普段から暴力なんて思い浮かばない人が手を出してしまうことはない。
その人は普段から暴言や暴力に頼りたい気持ちをかかえており、ただ理性でおさえつけているだけだと。
彼らには悪魔が憑いているのだろうか。そうであったらどんなにいいか。
悪魔が憑いているのなら祓えばいい。
しかし、何も取り憑いていないと分かったらそれは絶望に変わる。
『さよならジャバウォック』でこの母親の元に現れた大学時代の友人、桂凍朗は、人間には悪魔が取り付いていないと考えている。
つまり、戦争や植民地化、虐殺、差別など人間の残虐な部分は全て人間がもつ特性であるということ。
そして、自分もその残虐性をもつ人間の一人であり、それに対する恐怖が今回本書で描かれるある事件の動機となっている。
人間とは時にとても残酷な生き物であることは、誰もが心当たりあることだと思う。
それは歴史が示している。
しかし、人間はそれだけじゃないことを私は誰もが理解していると思っている。
きっとどちらが正解という話じゃないはずだ。
「(前略)ヒトは箍が外れると、残虐行為がいくらでもできる」 ようするに僕もそうだというわけです。それが怖くて、嫌になりました。
伊坂幸太郎『さよならジャバウォック』双葉社2025年165頁
理解者から糾弾者へ
応援し、理解を示し、必死に守ってきた自分が裏切られた気持ちが強かった。最も才能を理解している擁護者から、最も糾弾する者へと一気に変貌したのだ。
伊坂幸太郎『さよならジャバウォック』双葉社2025年82頁
大好きだったものが急に大嫌いなものに変わったり、逆に大嫌いだったものを球に好きになったりすることがある。
私も以前大嫌いだった友人がいた。
会うもの見るのも話すことも嫌であり、しゃべればしゃべるほど嫌いになるし、全ての行動が気に食わないくせに、動向は追ってしまう。
冗談じゃなくて本当にそれで悩んだ時期もあったはずなのに、今はその人とほとんどの週末に遊ぶほど仲のいい友人になった。
なぜこんなことが起こり得るのか分かる人がいたら教えてほしい。
正直自分でも分からない。
おそらくきっかけは、共通の敵(というかお互いに攻撃してくる別の知り合いがいて一時期二人ともそれで悩んでいた)ができたからだとは思うが、それにしてもここまで変わるとは自分でも信じられない。
『さよならジャバウォック』で並行的に進むもう一つの話の中に、20年以上前に引退した歌手の北斎とそのマネージャーの斗真が登場する。
この斗真はかつて北斎の熱狂的なファンであったのが、北斎の失言をきっかけに強烈なアンチと化した人物であった。3
大好きだった人を急に嫌いになることはある。
好きと嫌いは紙一重、好きの対極にあるのは無関心であるとよく言われるがその通りになった人物であろう。
最近の伊坂幸太郎の作品では、ちょっと訳ありの人が出てきても最後には小さな奇跡やちょっとした幸せが訪れる予感がある。
『マリアビートル』や『グラスホッパー』とはまた違う、こういう予感を本書でもビンビンに感じ取った私は、北斎が「歌う」シーンで涙が止まらなかった。
あんまり誉め言葉ではないかもしれないが、本書の最も盛り上がったシーンがこの北斎が「歌う」シーンであったと思う。
量子のシーンは物語の仕掛け上仕方がないのだが、訳が分からない、というシーンが多く、読んでいても現実なのか夢なのかも正直よく分からない。
それが最後の仕掛けにつながるのだが、どんでん返し系のミステリでもよくあるような退屈さを感じてしまった。
しかし、「なぜかしら、頭がいろいろな気持ちでいっぱい。何が何だかはっきり分からない。」
冒頭のこの言葉があったことで何が何だかはっきり分からないことが、テーマであることが分かり、一つの作品として不安はなく読むことができた。
私たちにはちょっとの自信が必要
(前略)「私たちが生きていくには、ほんのちょっとでいいから、自信が必要」と呟いた。
伊坂幸太郎『さよならジャバウォック』双葉社2025年139頁
ちょっとでいい、自信があればできたことが数多くある。
誰かを食事に誘ったり、やりたいことを始めてみたり、行きたかった場所に行ってみたり、この世界で楽しく生きていくためには、過剰な自信家でなくても、ちょっとの自信が必要である。
それは過去の成功体験からくるものでもいいし、誰かからめいっぱい愛された記憶でもいい。
伊坂幸太郎の本を読むと自然と湧き上がってくるこの気持ちは私たちのちょっとの自信につながっている。
ジャバウォックがとり憑くことで明らかになる人間の本性は残虐4なものであったが、普段それが理性で抑えられており表面化していないのならばそれはないのと同じである。
外から区別がつかないのなら、中身が本物か偽物か見分けるのは難しい。
難しいだけでなく不可能だとしたら、私たちは人間の持つ残虐性を気に病む必要がどこにあるだろうか。
大切なのは、今を生きる自分が非道な行いをすることがないように学び行動することであろう。
私は自分の中にいる残虐非道な自分に打ち勝てるだろうか。
- 伊坂幸太郎『さよならジャバウォック』特設サイト|双葉社 ↩︎
- さよならジャバウォック – 伊坂幸太郎 (単行本) | 双葉社 公式 ↩︎
- ネット上で誹謗中傷する人はなぜあんなにひどい言葉を書き込めるのだろうか。に関して興味がある人には『しょせん他人事ですから~とある弁護士の本音の仕事~』というドラマがおすすめです。漫画原作のドラマのため、漫画で読んでみてもいいでしょう。主人公は弁護士で、ネットで度を越えた誹謗中傷をする人に開示請求をかけ、損害を取り戻そうとする依頼者に協力します。なぜ、誹謗中傷をするのか、といった疑問にケンティーが回答しています。「彼らはバカなんです」と。誹謗中傷された側は納得がいかないでしょうが、核心を突いた答えであるように感じました。 ↩︎
- 佐藤究『Ank: a mirroring ape』でも人間が理性によるコントロールを失った状態が描かれる。ここでのジャバウォック的役割を果たすのはチンパンジーの泣き声であるが、人間は脳によるストップがかからない状態になると、火事場の馬鹿力状態が継続する、つまり自分の体が壊れるのを気にせずに破壊行動を繰り返すようになる。なぜこんな行動をするのかに関しては『さよならジャバウォック』とは異なる結論が導き出されているが、人間の残虐性という意味で共通する小説だと思ったので、気になった方はぜひ読んでみてください。 ↩︎




コメント