本屋大賞ノミネート作品全部読む。
4作目は村山由佳さんの『PRIZE』です。
始めて読んだ作家さんでしたが、冒頭からかなり掴まれました。面白い!と。
読んでみていただいたらすぐ分かります。
登場人物である天羽カインの強烈なキャラクターは見ていてすがすがしいほどで、
自分勝手だったり、空気を乱したり、でも芯が通っていて言っていることは正しいと感じたり。
「世の中に良い人なんていなくて、人に良いところと悪いところがあるだけだよ」
森バジル『探偵小石は恋しない』小学館2025年79頁
【本屋大賞ノミネート10作品全部読む②】最後のシーンめっちゃよかったよね!『探偵小石は恋しない』森バジル
誰しもいい一面と悪い一面を併せ持つ。
『PRIZE』を読み進めていく中で、こういう人いるよね嫌な感じ、と思っていた人が、自分の欲望に忠実である意味まっすぐな人だ、と好意的に感じたり、
またその逆に、この人仕事熱心で行動に共感が持てると感じていた人物が、一線を超える思いもがけない行動に出たり、
自分の中で人物評が次々に入れ替わるような、どのような人物であると捉えるのが正しいのかだんだん分からなくなってくるようで。
でも同時に、それこそが人間!という感じがして本書は人を書くのがとても上手だと感じた。
登場人物の言動は、なんだかとてもリアルと感じるけど、ちゃんとエンターテインメントとしても面白く読める本でした!

- 「暁星」湊かなえ/双葉社
- 「ありか」瀬尾まいこ/水鈴社
- 「イン・ザ・メガチャーチ」朝井リョウ/日経BP 日本経済新聞出版
- 「失われた貌」櫻田智也/新潮社
- 「エピクロスの処方箋」夏川草介/水鈴社
- 「殺し屋の営業術」野宮有/講談社
- 「さよならジャバウォック」伊坂幸太郎/双葉社
- 「熟柿」佐藤正午/KADOKAWA
- 「探偵小石は恋しない」森バジル/小学館
- 「PRIZE―プライズ―」村山由佳/文藝春秋
著者とあらすじ
▼著者 1964年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。93年『天使の卵 エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞、09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞・島清恋愛文学賞・柴田錬三郎賞、21年『風よ あらしよ』で吉川英治文学賞を受賞。「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズ、『ミルク・アンド・ハニー』『ある愛の寓話』『Row&Row』『二人キリ』など著書多数。
▼あらすじ 天羽カインは憤怒の炎に燃えていた。本を出せばベストセラー、映像化作品多数、本屋大賞にも輝いた。それなのに、直木賞が獲れない。文壇から正当に評価されない。私の、何が駄目なの? ……何としてでも認めさせてやる。全身全霊を注ぎ込んで、絶対に。1
『おいしいコーヒーのいれ方』を書いた人なんだ!
天羽カインという作家
「うまくなりたいの。どんなことをしても、もっと小説がうまくなりたい。こんなところでぐずぐずしてるのはまっぴら。だから、全部教えて。何が足りてないか、どこがまずいのか、遠慮なんかしないで言って。あなた編集者でしょ?それがあなたの仕事でしょ?」
村山由佳『PRIZE』文藝春秋2025年198頁
この本の魅力はなんといっても作家・天羽カインのキャラクターにある。
帯にも全文で引用されているが、これを読めば彼女の魅力のほとんどは伝わるだろう。
あなたは自分の欲望に対してこんなにも素直でまっすぐにいられるだろうか。
例えばどうしても他人の目が気になってしまったり、自分に自信が持てなかったり、欲望を叶えらえない言い訳を探したり。
そんなことをぐずぐず考えている暇なんてないに決まってる。私は直木賞が欲しいのだ!と
この小説を通じて天羽カインは読者に十分すぎるほど自分の欲望をさらけ出す。
それは私たちがいつの日か忘れてしまったものであり、決して天羽カインが子供っぽいなどと言うつもりはないが、かつて自分がもっと素直に自分の欲望に忠実に生きていたころに思いを馳せずにはいられない。
つまり、私たちはうらやましいのである。
やりたいことを好きなことを内に秘めているうちに、ほんとうにそれがなくなってしまうように、
私たちが忘れてしまった欲望をさらけ出すこと、一度でいいからそんな風に生きてみたかったと思わずにはいられない。
しかし、そんな生き方は少々つらいようにも思える。
なぜなら、天羽カインは作中ずっと何かに怒りを抱いている。
それは、直木賞の審査員に対してであったり、言うことを聞かない編集者であったり、出版不況で攻めた戦略を取れない出版社であったり、うまい作品を書けない自分自身に対してだったりする。
それは欲望を叶えたいが故の怒りであり、それが作家としての原動力にもなっているのだと思うが、なかなか体力のいる生き方であり、凡人には難しい。
本作は、そんな凡人とはかけ離れた人物、天羽カインが主人公である。

「面白い」小説とは
むしろ自分とはまったくかけ離れた人物の、すぐには理解できないような人生に激しく心揺さぶられる経験をもたらす小説こそ、真に普遍性を持つと言えるのではないか。
村山由佳『PRIZE』文藝春秋2025年111頁
面白い小説とは何か。
それは芥川賞や直木賞などの著名な賞を取った小説のことか、そんなこととは関係なく、売れている小説こそ面白いと言えるのか2。
はたまた他人は関係なく自分が面白いと思ったものが面白い小説であるのか。
そんな答えのない問いに挑んでいる小説であるとも言える。
本書では、名前は変えているが、直木賞の審査員の言葉や、天羽カインの架空小説とその添削までが載っている。
私は芥川賞・直木賞と本屋大賞など有名なものはニュースでチェックして気になる本だけ読んでいる程度でしかないが、
それらがどのような賞であり、どのように選ばれているのか、そして小説が編集者と共にどのようにつくられていくのか、という過程にはとても興味があり、
逆にそこまでさらしてしまっていいのかと思えるほど、本書を読むと小説というものに対する解像度が高くなる。
どんな小説が面白いのか、そんなのは読者次第であり、
誰が読むのか、いつ読むのかによって全く違う答えが存在する。
その前提の上で本をを売るため、または作家を守るために様々な賞が存在しており、
読者もある程度それを理解したうえで、「面白い」可能性がかなり高い保証された小説をそれでも読みたいと思うのである。
作家と編集の歪な関係
「わかりました。私なんかでよかったら、お約束します」 口にした瞬間、得も言われぬ恍惚の矢が身体を刺し貫いた。
村山由佳『PRIZE』文藝春秋2025年170頁
本書は作家と編集の関係性にも迫る。
それを利用した終盤の直木賞の一件は鳥肌ものだった。
編集者の小沢千紘の行動は許されたものではなく、分かりやすく一線を越えてしまったと思えた行動であったが、
それが編集者としての限界に立ち向かった彼女にとっては悔いのない一歩であったと考えるとこれもまた興味深い。
ただ天羽カインはやはり強い自分の軸を持つ人物であり、
直木賞を取りたいと欲望のままにふるまっているように見えて、その実しっかりと本質を抑えていないと気が済まない質であるところがまた最後の展開をより濃いものにしている。
また、編集という仕事は、自分が思っていたよりも営業の仕事だなと感じる場面が多くあった。
作品を書く作家がいて、編集はなんとしても自分の会社で新作を書いてもらいたい、という気持ちから作家に営業をかけるのだ。
小沢千紘はその点で他者の編集よりも一歩先を行き、天羽カインの作品を取ってくることに成功する。
その営業方法は普通の会社ではやらないような、いわゆる接待なのであるが、
仕事が取れた時の小沢千紘の気持ち、自分が頼られている、天羽カインの気持ちをつかんだ時の得も言われ気持ちよさは、少し理解できる。
それが営業という仕事のやりがいに通じる部分であり、
同時にハマりすぎると自分を見失うことにもつながる怖い部分だと思っている。
私は営業という仕事のそんな部分が嫌いだった。
取引先の人と単純に仲良くなりたい、話したいと思っても、それが接待のようになってしまうことも嫌だったし、
取引先が同業他社と仲良くしているのを見ると自分の仕事が悪いからだと落ち込むのも無駄なことに感じられたからだ。
どうしても歪にならざるを得ない関係はいつか破綻を迎える。
そうして天羽カインは直木賞を、納得のいく形でとることができるのか。
彼女の「本」に対する思いは本物であり、
もしも彼女の作品が書店に並べてあったのならば、迷わず手に取りたいと思う。
- 『PRIZE―プライズ―』村山由佳 | 単行本 – 文藝春秋2026年3月23日 ↩︎
- 『おいしい料理が売れるんじゃない、売れているのががおいしい料理だ」という言葉はサイゼリアの創業者の正垣泰彦の名言だが、これは本にも適応されるのか。面白い本が売れるのではなく、売れている本が面白い本ということなのだろうか。私はミーハー気質だから売れている本は大好きだ!だが面白い本は必ずしも売れているわけではない。というのが読書をする人の総意だと考えている。 ↩︎



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