本屋大賞ノミネート全部読む。
今回で6冊目。
『イン・ザ・メガチャーチ』めっちゃよかった。
本屋大賞ノミネート作品って、一年間のベスト10なわけだから、面白いことが保証されている小説が読めるってほんとすごいことですよね。
『イン・ザ・メガチャーチ』は「推し」文化とマーケティングについて書かれた本でありながら現代人の生き方について考えさせられる本だった。
3人の主人公はみんなそれぞれの形で推し活に関わっていて、
この本はある正解を提示するのではなくて、こういった生き方がある、ということだけを描いているから、読み終わった後すぐ誰かに自分の考えや思いを話したくなるそんな本だった。
私は特に社会人になってからは、何かに長期間熱中したり、お金をつぎ込んだりする機会がなかったから、「推し」がいる人のことをうらやましく思っていた。
そんな自分の思いや、日々感じる「何かしたい」という思いについての回答を私はこの本から得ることができた。
大賞をとってもおかしくない本でした!

- 「暁星」湊かなえ/双葉社
- 「ありか」瀬尾まいこ/水鈴社
- 「イン・ザ・メガチャーチ」朝井リョウ/日経BP 日本経済新聞出版
- 「失われた貌」櫻田智也/新潮社
- 「エピクロスの処方箋」夏川草介/水鈴社
- 「殺し屋の営業術」野宮有/講談社
- 「さよならジャバウォック」伊坂幸太郎/双葉社
- 「熟柿」佐藤正午/KADOKAWA
- 「探偵小石は恋しない」森バジル/小学館
- 「PRIZE―プライズ―」村山由佳/文藝春秋
著者とあらすじ
▼著者 1989年、岐阜県生まれ。
2009年、『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞してデビュー。『何者』で直木賞、『世界地図の下書き』で坪田譲治文学賞、『正欲』で柴田錬三郎賞を受賞。ほかの著作に『スター』『そして誰もゆとらなくなった』『生殖記』など多数。1
▼あらすじ 沈みゆく列島で、“界隈”は沸騰する――。
あるアイドルグループの運営に参画することになった、家族と離れて暮らす男。内向的で繊細な気質ゆえ積み重なる心労を癒やしたい大学生。仲間と楽しく舞台俳優を応援していたが、とある報道で状況が一変する女。ファンダム経済を仕掛ける側、のめり込む側、かつてのめり込んでいた側――世代も立場も異なる3つの視点から、人の心を動かす“物語”の功罪を炙り出す。
「神がいないこの国で人を操るには、“物語”を使うのが一番いいんですよ」2
推しにすべてを差し出す人々
「(中略)とにかく、何かに対して熱量を高めていたい、何かに時間や労力や資金を注いでいたいという人はとても多い」
朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』日本経済新聞出版2025年182頁
それは多分、と、国見は続ける。
「我を忘れて何かに夢中になっているほうが、楽だからです。」
かねてより私は「推し」がいて「推し活」をしている人がうらやましかった。
それは、何より彼らがとても楽しそうだったからだ。
そして彼らと書いたが、「推し活」をしている人には必ずと言っていいほど仲間がいる。
私にとってその二つ(楽しいこと、仲間がいること)は簡単に手に入れられるものではなかった。
これといって本気で取り組みたいと思えることもなく、
長期間熱中しているものや、仲間と語り合いたいものがなく、一人が好きだったというものあるが、
やっぱり心のどこかでは、仲間と一緒に何かに熱中するような体験をして見たかったのだと思う。
本書に登場する澄香は、無意識に周りが求める理想の自分を追い求め、現実と理想のギャップに苦しんでいる。
周りの期待に応えようとすればするほど自分が見えなくなっていく。
実は得意でなかったり、好きでなかったりするのに、ふりをやめることもできない。
そんな状態では心から打ち解ける友人もできず、大学でも友人との行き違いがあり孤立してしまう。
(こういう女の自意識や劣等感、友人より秀でていたいというどろどろした気持ちをとっても上手に描くのが朝井リョウ文学の特徴である。本当になぜ分かるんだろうと思う。『何者』でも描かれていた女のいや~な感じ、覚えています。)
しかし、そんな澄香を変えたのが「推し」との出会いであった。
その後、澄香は持てるすべてのお金と時間と熱意を「推し」に投下していく。
お金はすぐに底を尽きるけれど彼女はとても幸せそうだ。
まさに我を忘れて夢中になる。
それはとても楽なことだと言うキャラクターが出てくる。
嫌なことも面倒なことも何も考えなくていいというのは、確かに楽なことなのかもしれない。
現代において、そうして推しに他の何も忘れて熱中できるというのは贅沢なことだろうし、幸せなことかもしれない。
半面、何も考えないというリスクは常に付きまとっていることも覚えておく必要があるだろう。
自分を余らせない人生を送りたい
「皆、自分を余らせたくないんです」
朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』日本経済新聞出版2025年389頁
なぜみんなこんなにも何かに熱中したがるのだろうか。
「推し」に夢中の私の友人は、「推し」のために毎日仕事をしているそうだ。
私はかつて毎日、しんどい辞めたいと思いながら仕事をしていた。
そんな時に「推し」がいたのならばもう少し楽に仕事ができたのではないかと考えることがある。
ハードワークでも給料が高い仕事は「推し」がいて初めて成り立つ、そんな人もいる。「推し」のパワーは想像以上だ。
そんな「推し」に私も出会いたいし、お金も時間も投下したくなるほど好きな存在がいるなんて素晴らしいじゃないかと思う。
自分の中の余った時間を有効活用する。
余っているのは時間だけじゃなくてお金も、そして熱意も余っている。
日々変わらない毎日を送る中で感じるものたりなさ、つまらなさ。
これらの正体が「自分が余っている」ということなのだと本書から教えてもらった。
自分を余らせている人は意外と多い。
時間もお金も熱意も投下する先がないまま時間だけが過ぎ、次第に自分が余っていることに慣れていく。特に熱意は年齢とともに減っていく。
できれば私は、自分が余っていると感じているうちに何か行動に移したい。
「推し」にハマらない性格なのであれば、仕事であったりブログであったり読書であったり、なんとか自分が余らないように、使い切れるように努力をしたい。
晩ご飯やスマホのギガであれば、次の日の朝食べるように残しておいたり、来月に持ち越したりできるが、時間や熱意はそうもいかない。
今日余らせた分は翌日以降には持ち越せない。
「自分を余らせている」
この表現は私が日々感じていたもやもやした気持ちを言語化してくれた。
自分を余らせない、そんな人生にしたい。
視野は狭めるべきか
勘違いしていた。自分の場合、視野は拡げるより狭めるべきだったのだ。
朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』日本経済新聞出版2025年308頁
視野は広い方がいいというのは誰もが持っている認識であろう。
まさにその逆の方がいい、という澄香の意見は暴論なのか。
何を目的とするか、によって視野が広い方がいいのか狭い方がいいのかは変わってくる。
澄香は視野を広げることであらゆる事象に気持ちを持っていかれて疲れてしまう。
そんな性格なのだったら視野を狭めた方が楽しく生きられるだろう。
ただ楽しく生きたいだけなのであれば、視野を狭めて何かに夢中になることは有効だが、本当の意味で楽に生活したい、自由を得たいと思ったならば、視野を広げて情報を獲得することは欠かせないだろう。
ただ、いずれの場合も、視野を広げることが最適解ではないということ。
物事には様々な面があり、いい面も悪い面もある。
本書はまさにそういう小説であり、何かに熱中すること、人を熱中させる何かが存在すること、誰かを熱中させようとすることは、いいことなのか悪いことなのか、読者に考えさせる材料を与えるような小説である。
本書の登場人物に悪人は出てこない。
みんな一生懸命に自分の人生を生きているだけだ。
それでもなぜかこの世界は自分に優しくない。
「でも私、悪いことなんて一つもしてないんですよ」「(中略)全部ちゃんとやってきた。真っ当に生きてきた。なのに何でこんな毎日ギリギリで3」
といったセリフにあるように、この世の中は、真っ当に生きてきた人が必ず報われるような世界ではない。
そこに「推し」という文化が発生し、それをマーケティングする人が現れ、それらをすべて陰謀であると極限まで視野を狭める人たちがいる。
誰が正しくて誰が間違っているなんてそんな簡単な問題じゃない。
だからこそ、あえて私は視野を広げて様々なことについて考えることをやめたくはないと思う。
- 『イン・ザ・メガチャーチ』朝井リョウ|日本経済新聞出版 ↩︎
- イン・ザ・メガチャーチ | 日経BOOKプラス ↩︎
- 朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』日本経済新聞出版2025年245頁 ↩︎




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