本屋大賞全部読む。
今回で7冊目。
今のところすべての作品が面白かったから、これ以上のものは出ないだろうと思っていたらなんとびっくり、『熟柿』この本恐ろしい。感情をかき乱されました。
もともと涙もろく、感動すると書かれている本で泣かなかったことはないほど涙腺がガバガバな私なのであまり参考にならないかもしれませんが、ほんと大号泣のラストでした。
泣くと本が読めなくなって涙をふくまで待たなければならないから、あんまり泣きたくないのですが、とても回避できるようなものではありませんでした。
恥ずかしながらこの著者さんの本は初めてで、正直最初タイトルも読めなかったし地味な本だなとしか思っていなかったので、とんだダークホースが現れたと思いました。
似ているわけじゃないですが凪良ゆうさんの『汝、星のごとく』を読んだ時のことを思い出しました。この時も大号泣してしまって収拾がつかなくなったためです。
『汝、星の如く』は2023年の本屋大賞を受賞しましたので、私が大号泣すると大賞が取れるのかもしれません。
『熟柿』とても良い本でした。

- 「暁星」湊かなえ/双葉社
- 「ありか」瀬尾まいこ/水鈴社
- 「イン・ザ・メガチャーチ」朝井リョウ/日経BP 日本経済新聞出版
- 「失われた貌」櫻田智也/新潮社
- 「エピクロスの処方箋」夏川草介/水鈴社
- 「殺し屋の営業術」野宮有/講談社
- 「さよならジャバウォック」伊坂幸太郎/双葉社
- 「熟柿」佐藤正午/KADOKAWA
- 「探偵小石は恋しない」森バジル/小学館
- 「PRIZE―プライズ―」村山由佳/文藝春秋
著者とあらすじ
▼著者 1955年長崎県生まれ。83年『永遠の1/2』ですばる文学賞を受賞しデビュー。2015年『鳩の撃退法』で第6回山田風太郎賞、17年『月の満ち欠け』で第157回直木賞を受賞。他の作品に『Y』『ジャンプ』『5』『アンダーリポート』『身の上話』『ダンスホール』『冬に子供が生まれる』などがある。
▼あらすじ 激しい雨の降る夜、眠る夫を乗せた車で老婆を撥ねたかおりは轢き逃げの罪に問われ、服役中に息子・拓を出産する。出所後息子に会いたいがあまり園児連れ去り事件を起こした彼女は、息子との接見を禁じられ、追われるように西へ西へと各地を流れてゆく。自らの罪を隠して生きる彼女にやがて、過去にまつわるある秘密が明かされる。『鳩の撃退法』(山田風太郎賞受賞)『月の満ち欠け』(直木賞受賞)著者による最新長編小説。
熟柿・・・熟した柿の実が自然に落ちるのを待つように、気長に時機が来るのを待つこと。
私はいつも本のカバーを外して(汚れないように)本を読むので、表紙帯に書いてあった熟柿に目を通しておらず、これが思わぬ効果を呼びました。本を読み終わってから子の表紙を見て胸に来るものがありました。
ただ息子に会いたい
わたしは自分が生んだ子供の顔を見たい。 求めているのはそれだけだ。
佐藤正午『熟柿』KADOKAWA2025年78頁
本書の主人公は伯母の葬式の帰り道に車で人を轢いてしまい、そのまま立ち去ってしまった、つまりひき逃げ事件を起こしたことにより2年間刑務所で過ごすことになる。
そして、獄中で息子を出産する。
主人公は前科者となりながらも息子の顔を見たい、ただ会いたいということ願いながら生きることになる。
最初は読んでいていてこの主人公に感情移入して読んでいいのか不安になるほど、主人公自身がとても不安定な状態にあり、勝手に息子に会いに行ったり、学校に侵入してしまうなど危なっかしい行動をとる。
しかし、主人公の気持ちはいつも息子を一目みたい、というそれだけであり、
それでもやはりだめなものはだめで、彼女の現実が悪い方へ転がっていくのを黙ってみているしかないもどかしさがある。
中には久住呂さん親子などの救いも存在するが、序盤はなかなか重たい展開が続く。
主人公がどんどん生活の場や働く場を変えていくことで飽きずに読み進めることはできたものの、
木野寿彦『降りる人』を読んだ時にも感じたが、主人公を取り巻く状況が好転する気配がしない、どんな結末であったも心に重たいものが残るようなそんな予感がしていた。
心身ともに疲弊して前職を辞めた主人公が工場の期間工として働く話です。人生を諦めたとしても働かないと生きていくこともできない。そんな世知辛さが共通しています。『降りる人』こちらもぜひ読んでみてください。
心身ともに疲弊して仕事をやめたらどうなる?その先の人生が知りたい人が読むべき本『降りる人』木野寿彦
一つのミスが人生を変える時
わたしはひととして当然のことを当然に行わなかったがゆえに、人生を踏み外してしまったのだ。
佐藤正午『熟柿』KADOKAWA2025年110頁
ひととして当然のことをする、個々に見ていけばそんなに難しいことではない。
しかし、何事にもタイミングというものは存在する。
自分の体調や一時的なトラブルを抱えていたり、嫌なことがあった帰りだったり、正常な判断ができない状況になることはある。
小さいことなら誰もが経験あるはず。
あの時、なぜあんなことをしたんだろう。いつもならすぐに上司に報告するのに。
いつでもどんなときでもひととして当然のことをするというのは、文字通り当然のことであるとはいえ、時に人間は間違いを起こすことがある。
そしてその一度の間違いが人生を大きく狂わせていしまうこともままあることなのである。
私が新入社員の頃、ミスが怖くて怖くて仕方がなかった。
小さなミスであっても社会人人生が終わってしまうのではないかと思えたし、
週末に上司や同僚との飲み会の予定を入れられれば、例えばその日の前日に大きなミスをして飲み会の空気が最悪になったらどうしようとか考えて毎日のようにおびえていた。
社会人生活の長くなった今思うと、新人の頃にするミスなんてたかが知れているし、どうにでも取り返せるミスばっかりだ。
そんなことよりも一度ミスしても同じミスを繰り返さない。
前向きに改善していく姿勢の方が大事だし成長につながって結局ミスが減っていく。
今はそう思うから少しのミスをしても動揺したりしない。ミスにおびえて仕事をしているわけでもない。
だけど、一度のミスが取り返しのつかないものになることは可能性としてゼロではない。
会社に大きな迷惑をかけてクビになったり、他人の命に関わることにつながったりすることもあるかもしれない。
普段からそんなことを考える必要はないかもしれないけど、心の片隅には止めておく必要がある。
『熟柿』というメッセージ
「(前略)つまりね、柿の実が季節になれば熟すように、物事の成就には適した時期があるというか、そのときが自然に訪れるのを気長に待つというか、百崎さんなんかに言わせると単に消極的なのかもしれないけど、でもそういう、無理強いしない、待ちの時間が必要なときもあるんじゃないかと・・・(後略)」
佐藤正午『熟柿』KADOKAWA2025年360頁
この物語、最後に主人公は息子に会うことになる。ほんと不意打ち的な感じで。
すでに息子は高校生になっており、ものの判別がつく年頃になっていた。
この最後のシーン何度読み返しても泣いてしまうので私も正常な判断はできていない。
16年間一度も会わせてもらえなかった息子を「きみ」と呼ぶ主人公と息子の間にはとてつも長い年月によってできた壁があるが、ずっと息子のことを思い毎日を必死に生きてきた主人公の気持ちは確実に伝わっている。
思春期の息子の反応はとてもリアルに描かれていて、言葉数が少なかったり、言葉足らずだったり、目線も合わないし、
ただそれでも今まで疑問に思っていたこと、育ての母親のとは別の生みの母親がいたということ、
それらを受け止めきれないままでも、自分のもう一人の母親に会ってみたいという素直な気持ちが彼からは感じられた。
何より、物語の終盤までずっと働きづめで苦労しながら生きてきた主人公がやっと報われる瞬間だった。
正直、夫が実は人を轢いた時の違和感に気づいていたことが発覚した(ある意味共犯だが、妻一人に罪を負わせた)時は私も絶望というか呆れに包まれたけれど、最終的にこれは息子との再会という大きな救いのための養分であったに過ぎないとすぐに思い直した。
この『熟柿』という言葉。
焦らずに気長に待つ時間も必要であるという主題を私は忘れることはないだろうと思えた。
それだけこの本が伝えたかったメッセージが明確であり、読者の心には確実に届くであろうことが『熟柿』を傑作へと導いている。




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