【本屋大賞ノミネート10作品全部読む⑤】面白い刑事ミステリが読みたい『失われた貌』櫻田智也

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こってり

本屋大賞ノミネート全部読む。

今回で5冊目折り返し地点まで来ました。

今年の本屋大賞ノミネート作品はエンタメ要素の強いものが多いですが、

今回取り上げる『失われた貌』わりと硬派な本格ミステリで、毛色が違うだけに印象に残っています。

いわゆる名探偵がいて事件を解決していくという『探偵小石は恋しない』のような探偵ものとは違い、

刑事が捜査していく中で事件が解決されていくタイプのミステリです。

本書の主人公が、事件捜査の中心からは外れたところにいて、ゆるく行動しているように見えて、核心をついていくという流れがくせになるし、そこに今っぽさを感じる。

さらに、全く関係ないと思っていたピースが次第に一つになっていくという刑事もののミステリの醍醐味は充分に味わうことができる1

ただちょっと冒頭のシーン、いろいろ思うところがあるのは分かるけど奥様のこともっと大事にしてあげて!と思った。はらはらしたよ。

2026年本屋大賞ノミネート作品

  • 「暁星」湊かなえ/双葉社
  • 「ありか」瀬尾まいこ/水鈴社
  • 「イン・ザ・メガチャーチ」朝井リョウ/日経BP 日本経済新聞出版
  • 「失われた貌」櫻田智也/新潮社
  • 「エピクロスの処方箋」夏川草介/水鈴社
  • 「殺し屋の営業術」野宮有/講談社
  • 「さよならジャバウォック」伊坂幸太郎/双葉社
  • 「熟柿」佐藤正午/KADOKAWA
  • 「探偵小石は恋しない」森バジル/小学館
  • 「PRIZE―プライズ―」村山由佳/文藝春秋

著者とあらすじ

▼著者                                                   1977年生まれ。北海道出身。2013年、昆虫好きの青年・エリ沢泉(えりさわせん。「エリ」は「魚」偏に「入」)を主人公とした「サーチライトと誘蛾灯」で第10回ミステリーズ!新人賞を受賞しデビュー。2017年に、受賞作を表題作とした連作短編集が刊行された。2021年には、エリ沢泉シリーズの2冊目『蝉かえる』で、第74回日本推理作家協会賞と第21回本格ミステリ大賞をW受賞。他著に、『六色の蛹』(いずれも、東京創元社刊)がある。『失われた貌』は、初の長編となる。

▼あらすじ                                              山奥で、顔を潰され、歯を抜かれ、手首から先を切り落とされた死体が発見された。事件報道後、警察署に小学生が訪れ、死体は「自分のお父さんかもしれない」と言う。彼の父親は十年前に失踪し、失踪宣告を受けていた。無関係に見えた出来事が絡み合い、現在と過去を飲み込んで、事件は思いがけない方向へ膨らみ始める。

それぞれ異なる捜査の視点

「おまえらは殺人事件の捜査にでかけたんだ。俺は、こういうのをみつけるのが仕事だ」

櫻田智也『失われた貌』新潮社2025年96頁

刑事は探偵ではない。

当たり前のことだが、フィクションでは刑事と探偵がどちらも登場し、それぞれ違う役割を果たすことが多い。

つまり、刑事は目の前の現象をより詳しく正確に知ること(その原因までも)が仕事であり、

探偵はより様々な事象から一連の流れを推測することが仕事であるという違いがある。

彼らが同じ現場を見ても別のところに注目するように、

Aの事件を追う刑事とBの事件を追う刑事が注目する事象は、同じものを目にしていても当然異なる。

ここがミステリの面白いところで、

物語の冒頭で捜査したが何の証拠も得られなかった現場が実は真相のカギを握る現場であり、

後の捜査によって得た情報をもとにして再度訪れると同じ場所から有力な証拠が見つかったりする。

この原点に戻るという物語の流れはよくあるが、読んでいて本当にワクワクする。

本書でも主人公の日野が十分に捜査されつくしたと思われる現場で重要な証拠を見つけており、これをきっかけに捜査が大きく前進する。

これは日野の行動力と推察力のなす技であるものの、

本人はそこまで必死に調べているわけでもなく、必然というよりは偶然に近いような形で(それもかなり酔っている状態で)見つけたのだから読者はこの読めない展開に大変興奮することになる。

この日野の大手柄に、合同捜査をしていた他の刑事たちは勝手な捜査を、と憤るが、

それもそのはず、自分達が十分調べたと思われた場所から思わぬ重要な証拠が出てきたのだから面目丸つぶれに決まっている。

その道のプロでも様々な視点をもって現場を見ることってとても難しいようだ。

こういうことってたまに仕事でもあるよね。

上司と部下では目の付け所が全く異なっていたりする。

真実を明らかにするということ

「すべてを暴けば、隼斗の父は殺人犯になる。隼斗の母も、それをたすけた犯罪者になる。あの子はこの先をどうやって生きればいい?あの子の人生をめちゃくちゃにして、おまえに責任がとれるのか!」

櫻田智也『失われた貌』新潮社2025年272頁

ミステリあるあるだが、真相を暴いた方が皆が不幸になるケースが存在する。

特に倒叙ミステリ2では時に真実に迫ってくる探偵や刑事の方が悪者に見えるくらいで、

真実によって自分が大切に思っている人が苦しむのであれば、その真実を隠しておきたい、そう思うのは不自然なことではない。

しかし、真実を隠しておけばまたそれによって苦しむ人が出てくるのではないか?と堂々巡りになってしまう。

また真実を明かすことで、自分の大切な人が苦しむだろうと考えている時、決して保身のためではないというケースがどれほどあるだろう。

大切な人のためだと言いつつも、結局は自分のためであることも少なからず存在する。

しかし、切迫した状況でそこまで冷静に判断することもまた難しい。

守るべき信念

愚かだ―日野は何度もいいかけて、そのたびにこらえた。愚かだったことは、久美自身がいちばんよく知っているのだから。

櫻田智也『失われた貌』新潮社2025年283頁

「七年経てば、失踪宣告ができます。量子さんと息子さんはそのまま、今まで通り、生活をしていけばいいんですよ。つまり、この死体を消すことができれば、後はどうにかなるというわけです。この死体さえ隠せれば、です」

伊坂幸太郎『さよならジャバウォック』双葉社2025年39頁

同じく本屋大賞ノミネート作品である『さよならジャバウォック』でも似たようなシーンが描かれる。

それは子を思う母が一線を越える瞬間であり、そちらへ行っては二度と戻っては来られない。

私はどうにかしてこの母親を止めたい気持ちに駆られた。

子を思う親の気持ちに嘘はない。

だが、主人公の日野はそれを「愚かだ」と断じる。

そんなこと母親は初めから知っているだろうと。

知っていてそれでも間違った方向を選ぶのだから、それは愚かな行為だろうと。

この行為によって訪れる不幸にだれが責任を取るのかと言えば、それは真実を暴いた者ではありえない。

愚かな行為を選んだ者が責任を負うべきであるのは当然である。

最初私は本書の主人公である日野のことが好きになれなかった。

冒頭の妻の用意したロール食パンを食べなかったことから印象が最悪だったからだが、

ものすごく熱意をもって仕事をしているわけでもない、出世欲があったりプライドが高かったりするわけでもない、

ひょうひょうとした感じで、ストーリーを引っ張っている感じはしないんだけど、事件の要所は抑えてくる。

そして守るべきところ信念はしっかりと守る。

ミステリにおいて主人公というのはキャラクターが濃すぎても邪魔になるし、個性がなさすぎると地味で差別化の難しい小説になってしまう。

本書のキャラクターはちょうどその間といった感じで、飽きずにそれでいてミステリの部分も楽しむことができた。

  1. 最近見たドラマ『テミスの不確かな法廷』というNHKのドラマも同じように、関係ないと思っていた事象が最後に一つの真実を浮かび上がらせるという構造でとても面白く見ました。これは刑事ではなく裁判官が真相に迫るというものでした。自閉症の主人公のドラマが最近はよくあるけれど、『テミスの不確かな法廷』はまぎれもなく傑作でした。NHKのドラマは話題になりにくいからもっと知られてほしい。
    ↩︎
  2. 物語の冒頭で先に犯人や犯行が明かされる推理小説のこと。犯人はすでに分かっているので、探偵や刑事によってどのようにその犯行が暴かれるのかを読んでいく。最近?だと『invert 城塚翡翠倒叙集』などが面白かった。
    ↩︎

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