こんにちは。
賢く生きるための学びを本から得たい読書ブロガーひのとみです。
今回は柞刈湯葉さんの『まず牛を球とします。』に掲載の短編15話すべての感想を語ります。
文庫化をきっかけに再読しました。
前回読んだ時よりも面白く感じたのは、自分が成長した証ということでいいのでしょうか。
SF短編集ですが、普段SFを読まない方にも楽しめる話がたくさん入っています。
自分のすぐそばにSFはある、というような身近なテーマが扱われているものも多いです。
皆さんはどの話が好きでしたか?
文庫版は小川哲さんが解説を書いています。これもよかった。
まず牛を球とします。
人間は牛を食べたいが、動物を殺したくはない。そこで牛を動物でなくすというのが人類のたどりついた回答であり(中略)
柞刈湯葉『まず牛を球とします。』河出文庫2025年16頁
牛を球に???な表題作。
人類のありえるかもしれない未来の中で最も極端な部分を切り取ったような話。
コロナの時にも思ったけれど、人類は個人ではやらないようなことを集団ではできてしまったりする。
それを繰り返していくとこの話ようになるのかもしれない。
それは人類の悪い癖なのだろうか、と思った。
いや、そうなるのも分からなくはないけど、結論だけ見ると意味が分からないよ、ということもある。
犯罪者には田中が多い
や ら れ た。
柞刈湯葉『まず牛を球とします。』河出文庫2025年50頁
ありえない、とありえなくないの間を絶妙に行き来するような作品。
自分はクリエイターでもないのに、「やられた」のシーンがなぜか共感できた。
犯罪者には田中が多いなんて、少し考えれば極端な差別だと分かり切っているけれど、ネットを含めこの世界ではそういう、少し考えれば分かることを分からないままにしておく風潮がある気がする。
スコットランドの黒羊
スコティッシュ・ハーフブラックという羊にまつわる本当にあったのかと思うようなフィクション。
あとがきの収録作解題で「このような羊は実在しない」と書いてあったが、逆に気になって検索したところ、柞刈湯葉さんのnoteが出てきた。
あとから見たらweb初出と書いてあり、こちらで読むとより楽しめます。
数を食べる
これはもうリンゴの数じゃなくて、ただの3だから
柞刈湯葉『まず牛を球とします。』河出文庫2025年71頁
物から数をはがして食べるという意味の分からない夢の話で、
意味が分からないだけでなく、リンゴの数を表さない3ってなんだろう、と迷宮入りを果たすような内容だった。
なんか頭が悪くなった気分。
分かるような分からないような分かりたくないような。でも数学ってそんな感じ。
分からないものを分からないまま扱ってる。よく分からなかったけど、私も夢の話は好き。
石油玉になりたい
自分の死が有効活用されるのって素敵だと思わない?
柞刈湯葉『まず牛を球とします。』河出文庫2025年71頁
正直私は、自分の死を有効活用してほしいとまでは思えないけれど、人に迷惑をかけたいとは思わない。
であれば死んだ後も役に立った方がいいのかもしれない。
東京都交通安全責任課
そういう理不尽の責任を投げつけられる相手ってのが、いつの時代も必要なんだよ
柞刈湯葉『まず牛を球とします。』河出文庫2025年94頁
ほとんどことが自動化されてロボットがやるようになったときの責任の所在が分からないという話。
AIは責任を取れない。
人間にしかできないことの一つが責任を取ることだとして、その仕事はなくならないとしても、
これでいいのか?本当にあっているのか?と思わずにはいられない。
現代社会で、AI進化はすさまじいけれど、同時に考えていかなければならないことも多い。私たちはその進化に追いついていけるのだろうか。
天地および責任の創造
近代社会では、個人が知恵と責任という能力を持たないと渡っていけないのだ、とする結論は悲しいが理解できる。
だがこれが難しく、できていない人が多いとも思うし、責任を持つということが何のことなのか分からずに働いている人も多い気がする。
責任は持つだけ、取るだけで終わるものじゃなくて、それが日々の行動に現れてこないといけないものだからである。
家に帰ると妻が必ず人間のふりをしています。
短くて手ごろだけど割と好きな作品。
主人公が落ち着いててそれすらもコントロールされているんじゃないかと思うほどで怖い。
でもなんだかんだ奥さん健気でかわいい。
タマネギが嫌い
私はタマネギ大好きですけどね。大きい嫌いなものが出てきたら確かに怖い。
ルナティック・オン・ザ・ヒル
今自分が認識しているこの世界が、バーチャルではなく現実であるとどうしていえるだろう。
ということについてこの本を読むような人は一度は考えたことがあると思う。
仮想世界があまりにもリアルにつくられてしまうことで、この進化の先に現実とバーチャルの一体化があるのではないかと思わずにはいられない。
それが彼らにとって絶望だったのかは分からない。
大正電気女学生
この方は自分と同じように旧弊な父を持ちながらも、そのあり余る才で自分の道を切り開こうとしているのだ。
柞刈湯葉『まず牛を球とします。』河出文庫2025年174頁
自分と同じ状況にありながら、努力と才能でその境遇に逆らっていこうとする姿には誰しも憧れるもの。
メカニック娘として登場する千代の言動は自信に満ち溢れていて素敵だし、それに影響されて変わっていく澄子もかっこいい。
SFとして読むのならば短編がいいけれど、個人的には長編としてじっくり読んでみたい作品であった。
令和二年の箱男
ぼくにはなりたいものなんて何もない。ただ、箱男を作りたかっただけなんだ。
柞刈湯葉『まず牛を球とします。』河出文庫2025年206頁
主人公はただ箱男を作りたかっただけで、その先に何かを求めているわけではなかった。
なのに、周りが勝手にその箱と行動に意味を見出していく。
自分の意思ではないところで勝手に自分を解釈され批判され賞賛される。
こういったことは日常の小さなレベルでもまあまあよくある。
例えばもし私が自分の持っている資産がいくらかという話をすれば、それだけで自慢だと捉えられたりする。
だけど私は、ただお金の話がしたいだけでマウントを取ろうなどとはあまり思っていなかったりする。
改暦
今、自分が文字をパソコンで打ち込んだ、この行動も運命としてあらかじめ決められており、私達は皆それに逆らうことはできないのではないか。
すべての物事は最初から決められており、私たちはそれをなぞって生きているだけである。
と考え始めると抜け出せなくなるが、その決められている物事を知るすべがない限り、現状は変わらないような気もする。だから大丈夫だよ、と言いたい。
沈黙のリトルボーイ
「落とした日に爆発していれば、何も問題はなかったんだぞ?」
柞刈湯葉『まず牛を球とします。』河出文庫2025年239頁
戦前にリトルボーイが爆発することを望んでいた者が、戦争が終わると不発弾となったリトルボーイが爆発しないことを祈る。
爆発したほうがいいのか、爆発しない方がいいのか、
そんなのは人や政治、時代が変わればいとも簡単に変わってしまう。
そんなもののためにリトルボーイは爆発する必要なかった。
そう思ったからこそ、最後のシーンでなぜ爆発しなかったのかの展開にはしびれてしまった。
これが最も好きな話かもしれない。
ボーナス・トラック・クロモソーム
そういう感じで私は日々、人類を幸福にすることばかり考えている。
柞刈湯葉『まず牛を球とします。』河出文庫2025年284頁
人類を幸福にするための仕事って素敵だなと思った。
ボーナス・トラック・クロモソーム(染色体)も素敵な考え方。
なんかそういう仕事がもっとあってもいい。
研究として幸福とは何かを追求する学問はあるだろうけど、人類が幸福になるための仕事ってどんなものがあるだろう。
幸福をうたって近づいてくるのは、ほとんどが宗教がらみな気がするし、今回人類の幸福を考えているのが科学者というのもまた面白いと思った。
おわりに
以上で前15話になります。
最後に解説にて小川哲さんは、柞刈湯葉さんの面白さを「フィクションを見つけてくる」ことにあると言っています。
この解説もとても興味深い内容でしたので、ハードカバーで読んだことあったんですけど、文庫版も買ってしまいました。
SFにもいろいろ種類がありますが、サクッと読める作品が多くてとても楽しい本でした。
みなさんもぜひ読んでみてください。




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